300B プッシュプルアンプの詳細設計

details of 300b push-pull amplifier

 

 ここでは、300Bプッシュプルアンプの設計手順について、詳しく解説していきます

1. 基本設計

 

 1-1 最終段の基本設計

 

 

 

 

 

 

 まず最初に最終段の基本設計から始めます。出力トランスは大変贅沢ですが、タムラのF-2021を選びました。パーマロイコアを使用したプッシュプル用出力トランスで、高さも300Bとほぼ同じでデザイン上のバランスも良さそうです。一次インピーダンスは5kΩ(p-p端子間)です。出力管の300Bはプッシュプルで動作させますので、300Bのプレート特性曲線図上に出力トランスのインピーダンスの半分である2.5kΩのロードラインを引きます。300Bは純A1級動作させることにし、動作点は特性曲線図よりEb=350V、Ib=60mA、Ec=-75V、と決めて設計を進めます。

 

 この動作曲線図を見ると、300BをA1級で無理なくフルスイングさせるためには、グリッド電圧を0Vからマイナス130V程度まで振らせる必要があります。

 

 

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 1-2 ドライブ段の基本設計

 

 

 

 

 

 

 

 300Bを上記条件でドライブする真空管として、今回は入手が容易な12AU7を選択しました。左がそのプレート特性曲線図です。12AU7の最大プレート電圧330Vを超えないように注意しながら、大体の動作点をEb=165V、Ib=3.2mA、Ec=-7Vとして、51kΩのロードラインを引いてみます。この場合、動作点を中心としてグリッド電圧を-1Vから-13Vまで変化させたときに、プレート電圧は約170VP-P(ピークトゥピーク)取り出せるため、300Bを十分ドライブできそうです。

 

 さて、次は位相反転回路です。300Bをプッシュプル動作させるためには、ドライブ段で位相反転回路を組まなければなりません。位相反転の方法はいろいろありますが、書籍などを参考にして今回は左図のカソード結合型位相反転回路を採用することにします。カソード結合型位相反転回路に入力すべき電圧は先ほどの場合の-1Vから-13Vまでの12Vの2倍の電圧である24VP-Pがほしいところです。(実際は22VP-Pあれば十分です。)

 

 次にB電圧について考えます。ドライブ段のB電圧は最終段のB電圧からデカップリング回路を経て供給されることを前提にすると、最終段のB電圧より高い値には出来ません。従ってまず300Bに供給するB電圧を考えます。300Bの動作点電圧は350Vです。このときのグリッド電圧は-75Vです。300Bのバイアスは安全性の面からカソードバイアスとします。すると、プレート電位は350Vにカソードバイアス抵抗での電圧降下75Vをプラスした425Vが必要になります。これに出力トランスの直流抵抗による電圧降下分を考慮すれば、300BのB電圧は約435Vとなります。ここからデカップリング回路を経てドライブ段のB電圧を供給しますが、15V程度の電圧降下を想定してここでは420Vとしておきます。(低域のスタガリングを考慮し、後から多少の見直しが必要になるかもしれません。)

 

 12AU7の動作点プレート電圧は165Vでした。ロードライン上でIbが0になるプレート電圧Ebは330Vです。したがって無負荷時のプレート電位は、420V-(330V-165V)=255Vと求められます。また、カソード電位は255V-165V=90Vとなります。動作点でのグリッド電圧は-7Vなので、グリッド電位は90V-7V=83Vと求められます。

 

 

 

 

 

 

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 1-3 初段の基本設計

 

 次に初段の基本設計に移ります。初段管には12AX7を使用して高S/N比を実現したいと思います。また増幅率が約100と高いので(実際は90ぐらいらしいですが)負帰還をかけるための利得稼ぎができます。一方、出力インピーダンスが高いため、高域特性に不安があります。パラレル接続かSRPPにするなど、出力インピーダンスを下げる工夫が必要と思われます。全てがオーソドックスな回路では面白味に欠けるため、今回はSRPPにチャレンジしてみたいと思います。また、初段とドライブ段の結合は低域時定数を1つでも減らしたいため直結にし、いわゆるムラード型の回路とします。この場合はドライブ段(=位相反転段)のグリッド電位により、初段の動作点電圧が決定します。

 

 左の12AX7平均プレート特性曲線図を用いて考えます。動作点電圧を約80V、グリッド電圧を-0.5Vとするとプレート電流は0.7mAとなります。上側球のプレート電位は約2倍の160Vと想定します。

 

 

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2. 詳細設計

 

 2-1 各段B電源デカップリング回路の決定

 

 まず、最終段のB電圧を決定します。出力トランスの一次巻線の直流抵抗は160Ωです。300Bの動作点でのプレート電流は60mAと決めましたので、この一次巻線での電圧降下は9.6Vとなります。動作点でのプレート電位はプレート電圧350Vにバイアス75V分を加えた425Vですから、これに出力トランス一次巻き線での電圧降下9.6Vを加えた約435Vを最終段のB電圧とします。

 

 次に初段以降に流れる電流を計算します。初段のプレート電流は0.7mAです。初段には動作の安定化をねらってブリーダー抵抗を設けます。このブリーダー抵抗を仮に47kΩとすると、ここに流れる電流は初段の予想B電圧160Vより160V/47000Ω=3.4mAとなります。したがって初段以降に流れる電流は、0.7mA+3.4mA=4.1mAです。

 

 同様にドライブ段以降に流れる電流を計算します。ドライブ段のプレート電流は3.2mA×2=6.4mAです。従ってドライブ段以降に流れる電流は4.1mA+6.4mA=10.5mAとなります。

 

 ドライブ段のB電圧と、デカップリング回路を決定します。初段に高いB電圧160Vを残したいので、ドライブ段のB電圧は、最終段のB電圧からあまり落としたくはありません。ドライブ段用のデカップリング抵抗を1.5kΩにとどめ、ここでの電圧降下は10.5mA×1.5kΩ=約16Vとします。したがってドライブ段のB電圧は、435Vー16V=419Vとなります。1.5kΩのデカップリング抵抗と組み合わせるデカップリングコンデンサーは、時定数を十分に大きくするために51μFと大きくします。この場合の低域カットオフ周波数は約2.1Hzとなります。

 

 最後に初段のデカップリング回路を決定します。ドライブ段の419Vから初段の160Vまで、差し引き259V電圧降下させる必要があります。ここに流れる電流は4.1mAですので、必要な抵抗値は259V/0.0041A=約63.2kΩとなります。ここではE24系列で最も近い62kΩを選択します。組み合わせるデカップリングコンデンサーは10μFとします。この場合の低域カットオフ周波数は約0.26Hzとなります。

 

 抵抗器の選定にあたっては、各抵抗に流れる電流から消費電力をもとめ、3倍以上の余裕を持たせます。選択した抵抗値をもとに、各部の電圧と電流を正確に求め、左の回路図にまとめました。

 

 

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 2-2 最終段の詳細設計

 

 最終段300Bのカソード電流は60mA、グリッド電圧は-75Vなのでカソードバイアス抵抗は1250Ωです。カソードバイアス抵抗部分の詳細回路は、ハムバランサーを含めて後ほど決定します。不要な寄生発振防止のため、グリッドの直前に4.7kΩを挿入します。また、プレート電流のバランスをチェックするために、16Ωの抵抗を出力トランスのB端子に接続しておきます。この抵抗の両端電圧が約1Vで上下とも等しければ正常です。

 

 出力トランスと300Bの内部抵抗による時定数は約0.18秒、低域カットオフ周波数は約0.87Hzとなります。最終段の利得は動作曲線図より220V/75V=約2.9倍となります。

 

 

 

 

 

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 2-3 ドライブ段の詳細設計

 

 

 まずはプレート負荷抵抗とカソードバイアス抵抗を決めます。基本設計の段階でプレート負荷抵抗を51kΩ、プレート電流を3.2mAと仮定したので、ここでの電圧降下は51kΩ×3.2mA=163Vです。したがってプレート電位は419V-163V=256Vとなります。動作点プレート電圧は165Vなのでカソード電位は256V-165V=91Vとなります。カソードバイアス抵抗に流れる電流は3.2mAであるため、抵抗値は91V/0.0032A=約28.4kΩとなります。

 

 さて、上下球ともこの値で良いかというとそうではありません。カソード結合の場合は上側球と下側球の出力電圧にはアンバランスが生じます。このアンバランス量は下側球のプレート負荷抵抗を変えることで調整します。詳しく計算すれば約64kΩですが、E24系列からそれに近い62kΩを選択します。この時の動作点を左図の特性曲線図より求め直します。グリッド電圧がおなじ-7Vとなるように、仮にEb=161V、Ib=2.7mAとします。62kΩによる電圧降下は62kΩ×2.7mA=167Vです。したがって下側球のプレート電位は419V-167V=252Vとなります。下側球の動作点プレート電圧は161Vなのでカソード電位は252V-161V=91Vとなり、上側球のカソード電位とうまい具合に同じになりました。(実動作中は当然共通電位になりますが、計算段階で数ボルト揃わなくても気にする必用はないと思います。)カソードバイアス抵抗に流れる電流は2.7mAであるため、バイアス抵抗値は91V/0.0027A=約33.7kΩとなります。上下球のカソードバイアス抵抗は共通の1本なので、28.4kΩと33.7kΩの並列抵抗となり、約15.4kΩなので15kΩを選択します。

 

 次に上側球と下側球のグリッド間に挿入される抵抗と下側球とアース間に挿入されるコンデンサーの値を決めますが、低域時定数を十分に大きな値にしたいため、2.2MΩと0.47μFを挿入します。ここでのカットオフ周波数は0.15Hzです。

 

 最後に最終段とのカップリングについて考えますが、今回は0.1μFと330kΩを組み合わせます。この回路での低域カットオフ周波数は約4.8Hzです。

 

 これらを回路図にまとめたのが左の図です。ここでドライブ段のグリッドに入力すべき電圧と、ドライブ段での利得を求めておきます。ドライブ段のプレート負荷抵抗は交流的には上側球で考えれば、51kΩと330kΩの並列抵抗=44.2kΩとなります。そこでプレート特性曲線上に44.2kΩのロードラインを引くと左図の水色のラインとなり、300Bをフルスイングするために必要なプレート電圧150VP−Pを取り出すにはグリッドに約11.2VP−Pの電圧を掛けてやる必要があります。同様に下側球についてはピンク色のラインとなりやはりグリッドに約11.2VP-Pの電圧を掛けてやる必要があります。上下合わせて22.4VP-Pの入力電圧をドライブ段に入力してやる必要があります。この時の利得は150/11.2=13.4倍となります。

 

 

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 2-4 初段の詳細設計

 

 

 

 

 初段はSRPPを採用し、まず上側球の動作を考えます。カソードバイアス抵抗は750Ωとします。ドライブ段と直結であるため上側球のカソード電位は84Vです。また、プレート電位は162Vです。したがって動作点プレート電圧は78Vとなります。下側球の動作によって、流れているプレート電流が例えば1mAになった場合、カソードバイアス抵抗により、グリッド電圧は750Ω×0.001A=-0.75Vとなります。同様に0.5mAのときは-0.375V、1.5mAのときは-1.125Vです。このようにしてプレート電流とグリッド電圧との関係を動作曲線上にプロットすれば、左の図のピンク色の曲線となります。これは上側球が、動作点近辺では約140kΩの抵抗と等価であることを意味します。つまり下側球からみた交流的等価回路は、上側球を140kΩの抵抗で近似した左の回路図で置き換え可能なわけです。このときの下側球からみた合成プレート負荷抵抗は、750Ω+750Ω+(140000Ω//2200000Ω)=約133kΩです。

 

 次に下側球の動作を考えます。下側球の動作点プレート電流は上側球と同じ0.7mAです。カソードバイアス抵抗を750Ωとすると、動作点プレート電圧は84Vー0.5Vー0.5V=83Vとなります。カソードバイパスコンデンサーを省略する事で電流帰還を掛け、歪率特性を向上させます。

 

 もう少し詳しく見ていきます。初段のプレートとドライブ段のグリッドが直結となる、いわゆるムラード型の回路を採用しますので、この場合の初段のプレート電位は約84Vとかなり低い電圧となっています。12AX7の平均プレート特性曲線図を見ればわかりますが、プレート電圧80V近辺というのは、グリッド電圧も低く、あまり大きな電圧を入力すると歪が大きくなりそうです。今回は書籍を参考にして左図のように回路を決定しました。いわゆるゼロバイアスに似た回路です。少しでも深いバイアスを得るために、1MΩという大きなグリッドリーク抵抗を入れてグリッドにマイナスの電位を発生させています。このときグリッド電位は-1.5V、カソード電位は+0.5Vです。したがってグリッド電圧は-0.65Vです。動作点プレート電流は0.67mAです。カソードバイアス抵抗には0.5Vがかかり、抵抗値は0.5V/0.00067A=約746Ωとなります。ここではE24系列から750Ωを選びます。(出来上がったアンプの電圧実測値はプレート電圧85V、グリッド電圧-6.5Vになっていますので、これを動作曲線図にプロットすると左図のようになります。グリッドバイアス抵抗750Ωには0.5Vかかっているので、プレート電流は0.67mA流れているようです。このあたりの動作についてはあまり参考資料がなく、今後の研究課題です。)

 

 下側球の電流帰還についても少し考察してみます。グリッドに入力される音声信号の変化により、瞬間的にプレート電流が0.2mAまで減少したら、左の動作曲線図によればグリッド電圧は-0.65Vから-1.6Vくらいまで0.95V深くなります。カソードバイパスコンデンサーがないことから、このときの電流変化はカソードバイアス抵抗での電圧降下の変化をもたらし、カソードの電位は750Ω×0.0002mA=0.15Vにまで下がります。このときのグリッド電位は、0.15Vー1.6V=-1.45Vです。つまり、グリッド電位が1.45V変化しても、グリッド電圧は0.95Vしか変化せず、カソードバイアス抵抗による電流負帰還がかかっていることになります。利得で表すと0.95/1.45=0.66倍となります。また、プレートに現れる電圧変化は、1.45Vに対して約60Vと読み取れますから、初段の利得は約41倍となります。

 

 ドライブ段に22.4VP-Pを入力してやれば300Bをフルスイングできますので、最大出力となる入力電圧は22.4VP-P/41=0.55VP-P(0.19VRMS)となります。この動作範囲は上記の検証からも分かるとおり12AX7のEC=0よりプラス側となるカットオフ領域より内側にあります。

 

 

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 2-5 KNFについて

 

 さて全体にオーバーオールの負帰還をかけてさらなる歪み率の低減やダンピングファクターの改善をしたいと思います。全体の利得は41×13.4×2.9=約1593倍です。負帰還量を6dBとすると利得は半分の約797倍となり、最大出力に要する入力電圧は0.38VRMSです。負帰還量を12dBとすると利得は4分の1となり、最大出力に要する入力電圧は0.76VRMS必要となってきます。つまり負帰還量XdBと最大出力時の帰還電圧ENFBの間には次の関係があります。
 

        ENFB=0.18*(10(X/20)−1)
      
最大出力時に出力トランスの1次側P端子間に現れる電圧は880VP-Pに達します。実効値では311VRMSです。この時損失を無視すれば出力トランス二次側のNFB巻線(16Ω)端子には((311)2*16/5000)0.5=17.5VRMSの電圧がかかることになります。このうちのENFB[V]を初段のカソードに戻せば良いのですから、負帰還抵抗は750Ω×(17.5-ENFB)/ENFBとなります。下記に負帰還量と負帰還抵抗の例を示します。
     
          6dB:RNFB=72kΩ
          9dB:RNFB=39kΩ
          12dB:RNFB=10kΩ

 

 ちなみに今回は6dBの負帰還をかけることにしました。

 

 

 

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 2-6 最大出力について

 

 最大出力時に出力トランスの1次側P端子間に現れる電圧は311VRMSです。1次側のインピーダンスは5kΩなので、出力は 311/5000=19.3Wとなります。実際には損失によりこれより若干小さい値となります。

 

 

 

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 2-7 ヒーター電源と整流回路

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 300Bのフィラメントを直流点火とするか、交流点火とするか迷いましたが、プッシュプルであることから出力トランスでのハムの打ち消しが期待できることと、どうせならどこまでも古典的に行こうと考え、交流点火としました。ついでに傍熱管である初段とドライブ段のヒーターも交流点火とします。

 

 初段とドライブ段のヒーターは、雑音防止のために中点にバイアスをかけます。バイアスは初段のブリーダー抵抗を分圧して取り出します。300Bはハムバランスをとるためにフィラメントの両端子にそれぞれ30Ωの固定抵抗をつなぎ、それから1.2kΩを介してアースに落とします。1.2kΩには並列に47μFのバイパスコンデンサーをつなぎます。このままではハムが完全には消えないので、ヒアリングしながら上下球4箇所ある30Ωのどれか一つに分流抵抗を加えて、完全にハムがなくなるように調整します。(当初はハムバランサーとしてボリュームを付けるつもりでしたが、摺動接点に60mAもの音声信号が流れることにどうしても納得がいかず、この方法をとりました。ただしこの方法だと真空管を交換するたびに再調整が必要となり、頻繁に真空管を交換する方にはおすすめできないかもしれません。ちなみに私は製作時にハムバランスを調整して以来、10年間の間に3回ほど抵抗値を変更しました。)

 

 B電源の整流回路は5AR4を使用しています。せっかくの真空管アンプですし、古典的なスタイルと雰囲気を楽しむのですから、ここも真空管方式にこだわっています。コンデンサーインプット方式のコンデンサーの値は、15μFとしています。

 

 電源トランスは出力トランスとのデザイン上のマッチングにこだわったため、タムラのPC-3004を選択しました。ところが、今回の規模のアンプには電流容量に余裕がありすぎたためか、整流後の電圧が約500Vと非常に高く、やむを得ず500Ωのホーロー抵抗で電圧を下げています。しかしどうも5AR4の寿命が短く、何か対策はないかと思案しています。

 

 チョークコイルは同じくタムラのA-4004で、デザイン上のバランスをとっています。

 

 ここまでの設計により、完成した回路図が左の図です。

 

 

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